Thursday, April 13, 2006

 

愛嬌(あいきょう)

こんどは私どもも大っぴらで闇の酒さかなを仕入れて、店先には新しいのれんを出し、いかに貧乏の店でも張り切って、お客への愛嬌(あいきょう)に女の子をひとり雇ったり致しましたが、またもや、あの魔物の先生があらわれまして、こんどは女連れでなく、必ず二、三人の新聞記者や雑誌記者と一緒にまいりまして、なんでもこれからは、軍人が没落して今まで貧乏していた詩人などが世の中からもてはやされるようになったとかいうその記者たちの話でございまして、大谷先生は、その記者たちを相手に、外国人の名前だか、英語だか、哲学だか、何だかわけのわからないような、へんな事を言って聞かせて、そうしてひょいと立って外へ出て、それっきり帰りません。記者たちは、興覚め顔に、あいつどこへ行きやがったんだろう、そろそろおれたちも帰ろうか、など帰り支度をはじめ、私は、お待ち下さい、先生はいつもあの手で逃げるのです、お勘定はあなたたちから戴きます、と申します。おとなしく皆で出し合って支払って帰る連中もありますが、大谷に払わせろ、おれたちは五百円生活をしているんだ、と言って怒る人もあります。怒られても私は、いいえ、大谷さんの借金が、いままでいくらになっているかご存じですか? もしあなたたちが、その借金をいくらでも大谷さんから取って下さったら、私は、あなたたちに、その半分は差し上げます、と言いますと、記者たちも呆れた顔を致しまして、なんだ、大谷がそんなひでえ野郎とは思わなかった、こんどからはあいつと飲むのはごめんだ、おれたちには今夜は金は百円も無い、あした持って来るから、それまでこれをあずかって置いてくれ、と威勢よく外套を脱いだりなんかするのでございます。記者というものは柄が悪い、と世間から言われているようですけれども、大谷さんにくらべると、どうしてどうして、正直であっさりして、大谷さんが男爵の御次男なら、記者たちのほうが、公爵の御総領くらいの値打があります。大谷さんは、終戦後は一段と酒量もふえて、人相がけわしくなり、これまで口にした事の無かったひどく下品な冗談などを口走り、また、連れて来た記者を矢庭に殴って、つかみ合いの喧嘩をはじめたり、また、私どもの店で使っているまだはたち前の女の子を、いつのまにやらだまし込んで手に入れてしまった様子で、私どもも実に驚き、まったく困りましたが、既にもう出来てしまった事ですから泣き寝入りの他は無く、女の子にもあきらめるように言いふくめて、こっそり親御の許(もと)にかえしてやりました。

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